セネカ「生の短さについて 他二篇」から印象に残った一節を紹介。

公開日: 2026年4月8日 3時19分 1798文字 9分間

セネカの「生の短さについて」「心の平静について」「幸福な生について」から印象に残った一節を紹介。

はじめに

ここ数年色々な人文系の古典にあたっているのですが、今回はその中から岩波文庫より出版されているセネカ著/大西英文訳の「生の短さについて 他二篇」を、印象深かったフレーズを通して紹介したいと思います。

セネカは哲学者としてはストア派に属していて、このストア派は理性的、道徳的であることを重んじる考え方から現代では禁欲的を意味するストイックの語源となっています。

生の短さについて

三章

財産を維持することでは吝嗇家(りんしょくか)でありながら、事、時間の消費となると、貪欲が立派なこととされる唯一のことがらであるにもかかわらず、途端にこれ以上はない浪費家に豹変してしまうのである。

「生の短さについて」はセネカが人生の短さを嘆く人々に対しての考えを語っているのですが、その中でもこの部分は的を射た色褪せない一節です。

そして、セネカはこう続けています。

だから、老人の集まりがあれば、その中の誰かを捕まえて、私はこう言ってやりたい、「あなたは人間の寿命の究極の年齢にまで達し、百歳、あるいは、それ以上の年齢ももう間近のご様子。決算のために、さあ、あなたの生涯を振り返って見られると良い。計算するとどうなるだろう、あなたのその生涯のどれだけの時間が債権者に奪われ、どれだけの時間が愛人に奪われ (中略) あれこれを思い出せば、あなたが今、亡くなるとしても、あなたの死は夭逝(ようせい)だと悟られるであろう」と。

1ページに渡り人生の時間を無駄に浪費した老人に対してセネカが捲し立てています。初めて読んだ時、文中からセネカの情熱が凄い勢いで飛び出してきて笑ってしまったのを覚えています。

十四〜十五章

われわれに閉ざされ、禁じられた世紀はなく、われわれはどの世紀にも入って行くことが許されており、精神の偉大さを支えに、人間的な脆弱さから来る狭隘な限界を脱却したいと思えば、逍遥する時間はたっぷりとある。ソークラテースとともに議論することも許され、カルネアデースと共に懐疑することも、エピクーロスと共に憩うことも、ストア派の人々と共に人間の本性を克服することも、キュニコス派の人々と共に人間の本性を解脱することも許される。

この章でセネカは学問を学ぶことは時間を超えて過去を自分のものにすることだと説いており、それをこのように表現しています。

次の章で、このことを踏まえた上でこう言っています。

われわれはよくこう言う、親というものは偶然によって人間に与えられるもので、どの親が割り当てられるかは、われわれの力ではどうしようもなかったことだ、と。だが、思いどおりに生まれることが、われわれにはできるのである。高貴この上ない天才たちの家々がある。養子にしてもらいたい家を選ぶがよい。

「親ガチャ」という言葉が流行っている現代にこれを読むと、約 2000 年前のローマからのメッセージのような感じがして味わい深いです。(少なくとも2000 年間は人々の考えが変わっていないという意味でもありますが……)

また、この親と同程度には何を学ぶか、何を知るかが影響を及ぼすという話からは、生まれた頃から玉石混淆の大量のコンテンツが与えられる現代の子供の境遇についても少し考えさせられます。

心の平静について

たとえ豊作が続くとしても、休耕期を置かない畑地はたちまち疲弊してしまう

休息の重要さについては度々認識する機会がありますが、この一節はなかなかわかりやすい良い例えだと思いました。

幸福な生について

われわれは、まず自分の求めるものが何かを措定しなければならない。次には周囲をよく見渡し、どの道をたどれば目的地に最も早く到達できるかを見て取らねばならない。

セネカは幸福な生を送るための最初のステップとしてこのような事を言っています。そして、その後にはこう綴っています。

羊同然に、前を行く群れに付き従い、自分の行くべき方向ではなく、皆が行くべき方向をひたすら追い続けるような真似はしないことである。(中略)人と同じであることを旨であるとして生きることほど、大きな害悪の渦中にわれわれを巻き込むものはないのである。次から次へと折り重なるようにして倒れ、累々たる人の山が築かれるのはそのせいなのだ。

セネカはこの章では大切な事を2つ説いています。

1つは、最初に道を選ぶ際に易きに流れようと大衆と同じ道を選んではいけないということ。

もう1つは、人と同じ道を歩む際には全員が一蓮托生であることを覚悟しなくてはならないということです。

大衆に流されてはいけないというのはよく耳にする言説ですが、全員で同じリスクを背負っているという部分について言及されているのは初めて見たので、理解してかなり納得感がありました。

おわりに

特に気に入った部分を引用しただけで結構な量になってしまいました。

全編を通して読みやすくて面白い本なので、興味を持った方は是非これを機に読んでみてください。